2010年06月15日

関西学院作成の「大隈伯爵歓迎歌」

早稲田の 偉人よ 幸くあれよ
  私学の 誇りよ 幸くあれよ
自由と 正義と 理想のため
  天下の 青年 教へそだつ

君こそ われらの 光なれや
  大隈伯爵 万歳 万歳 万歳
日本の未来を 負ひて立てる
  われらの 使命は 高く遠し
先進後進 心あはせ
  世界の日本を 築きあげむ

君こそ われらの 光なれや
  大隈伯爵 万歳 万歳 万歳


1913(大正2年)秋、大隈重信は関西・四国・九州方面に講演旅行に出た。
この歌は、その九州からの帰途11月26日に関西学院を訪問した際に、関西学院校歌の替え歌として作られたものである。
大隈は講演旅行各地で大歓迎を受けているが、関西学院の職員・学生は、前日大隈一行が神戸に到着した際にも提灯行列を行って歓迎、また26日神戸を離れる際にも提灯行列で送り出すなど、特に強い歓迎ぶりを示している。この歌は、迎えの提灯行列、大隈の講演の前後の合計3回にわたって歌われた。
関西学院と早稲田は、運動部同士が対戦することはあっても、さほど強い交流関係にあったわけではない。大隈が援助した学校としては、同志社、日本女子大学などが知られているが、関西学院に関してはそうした話は聞かない。いったいなぜ関西学院がここまで熱烈な歓迎ぶりを示したのかということは、興味深い問題である。なおこの時、大隈は講堂入り口左側に樅の木を紀念植樹したというが、この木が今も生えているのかどうかということとあわせて、いずれ調べてみたいと思っている。

ちなみにこの約1ヶ月の講演旅行での総講演時間は54時間57分、聴衆は16万7100人にのぼった。
はからずも翌年、第二次大隈内閣が組閣されるが、こうした講演旅行で大隈の姿を目にした聴衆の多くは、その後大隈びいきとなり、それが大隈の重要な政治的リソースとなっていくこととなった。

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posted by Webmaster at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 研究関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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