2017年06月28日

真辺将之『大隈重信』(中公叢書)第1章目次(数字はページ数)

1938(天保9)年2月16日、大隈重信は佐賀城下会所小路に生まれた。本章では、幕末期の佐賀藩士・大隈八太郎の活動の軌跡を概観した。大隈は、義祭同盟に参加して以来尊王論を唱えてはいたが、他藩の尊王派のように攘夷を強く主張することもなく、早くから外国の学問に目を向けていた。薩長土の多くの維新志士出身の官僚が攘夷運動に参加し、維新間際になってようやく開国派に転じたのとは対照的であった。そのことは大隈にとっての強力な武器となる。大隈は王政復古や戊辰戦争において、確たる功績を挙げたわけではなく、賞典録も賜与されていないが、幕末に学んだ洋学や、経済活動の経験に基づく才覚は、維新後の大隈が急速に頭角を現していく下地をつくったのであった。詳しくは『大隈重信 - 民意と統治の相克』 (中公叢書)を参照。
第一章 近代西洋との遭遇 ― 佐賀藩士・大隈八太郎 11
新時代の兆し 17
生誕 18
幼少年時代の修学 19
父の死と母の愛 19
内生寮に入学 21
藩校教育への反撥 22
経学派と史学派の対立 23
『葉隠』批判 24
南北騒動 25
義祭同盟 26
佐賀の蘭学 28
「愛国心」の誕生 29
蘭学寮での学習 30
桜田門外の変 31
蘭学寮教官となる 33
藩の富国策 34
長崎遊学と「蕃学稽古所」の設立 36
フルベッキから学んだもの 37
大政奉還を説く 39
出遅れた佐賀藩 40
低すぎるスタート地点 41

大隈重信 - 民意と統治の相克 (中公叢書)
真辺 将之
中央公論新社
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